村の入り口に着くとエリネアさんが一人で待っていた。
(う~ん。口数も少ないし3人の中で一番話し掛け辛いんだよな。)
とはいえ無視するわけにもいかない。
「お待たせしてすみません。他のお二人は?」 「・・・いえ、二人はまだ支度中です。もうそろそろ来ると思います」 「そうでしたか。そういえばミルドさんとエリネアさんはチームで活動されてるんですか?」 「・・・えぇ」一応答えてはくれるが、目はそらされているし避けられている気がする。呼び方などからそうかなと思ったが、やはり二人はチームで活動しているようだ。
そして会話が途切れる。(エリネアさんも話し掛けられたくないみたいだしおとなしく待つか)
少しするとハロルドさんとミルドさんが戻ってきた。
「いや~すみません。ついいつもの調子で話していたら遅くなってしまいました」
「いえいえ、お気になさらず」そうして、4人でロンデールに向けて出発したのだった。
出発してしばらくは平和そのもので特に何かに出会うこともなく順調に進んでいた。「リブネントに来るときもこの街道を通られたんですよね?危険な動物に遭遇したりはしましたか?」
「いえ、この辺では滅多に会うことはありませんよ。森の奥に行けば話は別でしょうが、街道にでて何かすれば狩られることは向こうも理解しているんでしょうね」 「そうですか。安心しました」 「ははっ。仮に出てきてもミルドさんとエリネアさんなら問題なく対処してくれます。お二人とも優秀な冒険者ですから」 「あまり煽てないでくれ。俺たちはまだCランクだ。」 「いえいえ、その歳でCランクは十分優秀ですよ。本来ならこんな危険の少ない街道の護衛を依頼するべきではないのでしょうが・・・」 「前にも言ったが気にしないでくれ。あなたは命の恩人だ。護衛料も十分な額を貰えているし問題はない」 「と、こんな感じでしてね。私としても信頼のおける人間に護衛して貰いたいというのもあってついつい甘えてしまっているんですよ」なるほど。これまでのやり取りでこの3人には何か連帯感の様なものを感じていたが、そういう理由があったのか。
ミルドさんが言ったCランクというのは冒険者ギルドのランクのことだろう。A~FランクまでありAが一番高いらしい。Cランクということは中堅の上の方くらいになるのだろうか。「命の恩人ですか。ちなみに何があったのかお聞きしても?」
ハロルドさんがちらっと二人の方を見るとミルドさんが答えた。
「ある地域で盗賊に襲われたことがあってな。盗賊自体は返り討ちにできたのだが、俺達も重傷を受けて危険な状態だったんだ。
そこにちょうど通りかかったのがこの人で、馬車が汚れるのも構わずに俺達を町の医者の所まで連れて行ってくれたんだ。おかげで後遺症もなく冒険者を続けられている」 「いやいや、あの状況で見捨てる人なんてそうそう居ないでしょう」 「そんなことはない。自分の利益にならなければ見なかった振りをする人間はいくらでもいる」 「そうですかねぇ」ハロルドさんはそう言って首を捻っている。商人であれば悪徳な輩と関わる機会もありそうだが、周囲の人間関係に恵まれたのだろう。
俺はどちらかと言えばミルドさんの意見に賛成だった。 その後も雑談をしながら街道を進む。そして日が傾き始めた頃、道の先が2つに分かれていた。確かロンデールはここを東だったか。 東に折れて少ししてからミルドさんが口を開いた。「この先に少し広場になっているところがある。今夜はそこで野営にしよう」
「分かりました。」反対する理由もないので同意する。
しばらく歩くと言っていた通り広場のような場所が見えた。 焚火の跡があるので行きもここで野営したのだろう。広場に着くと3人は早速野営の準備を始めた。
各自の役割を決めているのだろう。その動きには無駄がなかった。 ミルドさんはテントの設営や焚火周りの片づけ、ハロルドさんは馬車に戻って、食料などを取ってきている。エリネアさんは一人で森へ入っていった。(早々と動かれてしまったので特に手伝えることもなさそうだな。エリネアさんは薪を拾いに行ったのかな?一応聞いてみて、何もなければ俺もそうするか。多くて困ることもないだろうし)
「ミルドさん、何か手伝えることはありますか?なさそうなら薪でも拾ってこようかと思いますが」
「あぁ、こっちは大丈夫だ。薪の方を頼めるか。エリネアが行っているので危険はないと思うが、一応気を付けてくれ」 「分かりました」そう返して森の中に入っていく。
流石にまた急に襲われるのは勘弁なので、なるべく周囲に気を付けながら薪になりそうな気の枝などを集めていく。 そうしているとふと先の方から動物の声の様なものが聞こえた。 見つかる前に戻るべきかと思ったが、この先にはエリネアさんが向かっていたはずだ。問題ないとは思うが、万が一怪我などしたところを見つかったらまずいかもしれないと考え慎重に様子を見に行くことにする。 近づくうちにその声は悲鳴のようなものだと分かったが、それもすぐ聞こえなくなった。漸く着いた先で見たのは倒れた動物とそれを解体しているエリネアさんだった。 どうやらエリネアさんは食料調達もしていたらしい。 近くには集められた薪も置いてあった。 っと、こちらに気づいたエリネアさんと目が合った。「・・・アキツグさん?・・・薪を拾われていたのですか。この辺は少々危険なので早く戻られたほうが良いです」
「えぇ、動物の声が聞こえたので念のため様子を見に。要らぬ心配でしたね」 「私の心配を?ありがとうございます。でも、大丈夫です。慣れていますから」一瞬驚いたようにこちらを見たが、またすぐに目をそらしてそう返される。
(余計な事を言ったかな・・・)
よく考えれば素人に心配されるなんてプライドを傷つける行為だろう。怒らせてしまったかもしれない。
「そうですよね。すみません。あ、その薪も一緒に持っていきますね」
「あ・・・はい。ありがとうございます」これ以上機嫌を損ねるのは良くないだろうと思い、彼女が集めた薪を持って早々に戻ることにした。
夕食はエリネアさんが仕留めたヒールボアの肉とハロルドさんが用意したスープで野外にしては豪勢な食事になった。
ヒールボアは鼻が一部の貴族が好むヒールと呼ばれる靴のような形状をしている。鼻は頑丈で突進して体当たりで獲物を仕留める動物だ。 肉は身が引き締まってて歯ごたえがあり、美味しかった。「この辺でヒールボアに会えたのは運が良かったな。普段は山菜か一角ウサギくらいなんだが」
「そうですな。エリネアさんの下処理も良かったんでしょう。雑味もありませんし、本当に美味しいですね」 「・・・いえ、そんな。ハロルドさんに頂いたスープもとても美味しいです」 「それは良かった」 「そういえば、アキツグさんは森の中でエリネアに会ったそうですね。心配して様子を見に来てくれたと嬉しそうにしてましたよ」 「え?」 「あっ、ちょっ、ち、違います!護衛対象を危険なところまで近づけてしまったので今後注意するように報告しただけです」初めてエリネアさんがすごく慌てた感じで、訂正するようにミルドさんの言葉を否定した。
「あぁ、そういえば。実はエリネアは人見知りで、人と話すのが苦手なんですよ。もし態度で気を悪くされていたら申し訳ない」
「あ、あぁいえ。そんなことはありません。質問した時も丁寧に答えて頂きましたし」エリネアさんはちらっとこちらを見ると、少しほっとしたような感じで食事に戻った。
(なるほど。嫌われていたわけではなかったのか。)
理由が分かってこちらもほっとした気分だった。
夜の番はミルドさんとエリネアさんが交代で行ってくれることになった。 自分もそのくらいは手伝いたいと提案はしてみたのだが、一晩くらいなら問題ないので休んでおいてくれとやんわり断られてしまった。 まぁ、二人からすれば急に増えた人間に任せられないというのは当然かもしれない。ハロルドさんは馬車の中で休むようだ。 俺も焚火の側に厚手の敷物を敷いて寝ることにした。 ミルドさんからテントを使っても良いと言われたがさすがにそこまで甘えるわけにはいかない。幸いにも夜でも寒いというほどにはならなかったので、寝るのに支障はなかった。 次の日、物音で目が覚めるとミルドさんがテントを片付けようとしているところだった。「おはようございます」 「あぁ、起きたか。おはよう。朝食を食べたら早々に出発しよう」 「分かりました」見るとハロルドさんも起きていて朝食と思われるパンと飲み物をもってきていた。 そして各自朝食を取るとロンデールに向けて出発する。 道中時間もあったので商業ギルドのことをハロルドさんに聞いてみることにした。「そういえば、ロンデールには商業ギルドがあると聞いたのですが、ハロルドさんは所属されているんですよね?」 「えぇ、もちろん。ギルドの所属有無の差は大きいですからね。年会費は必要ですが、ギルド所属であれば入国、入町税の軽減やギルドで扱っている商品の融通など色々な恩恵がありますからね。まぁ、私の場合は他国まで仕入れに行くことはあまりありませんが」 「実は俺はまだ所属していないのですが、所属する際にはどのような手続きが必要なのでしょうか?」 「そうだったんですか。なに、難しいことはありませんよ。登録情報の記載と登録金を支払うだけです。年会費についても各町にあるギルドであればどこでも支払いが可能ですし」ふむ。思ったより手続きは簡単なようだ。だが、まったく審査がないのは大丈夫なのだろうか?「なるほど。ですが、それだと恩恵目当てに商人以外の人が登録したりもするんじゃないですか?」 「そうですね。ですので、年会費を払う際に実績の確認があるんです。商人ギルドからの依頼やギルドを介した取引など一定の実績がなかった場合は権利を剝奪されて、何らかの理由がないと再登録はできなくなります。 またそういう情報は他のギルドにも連携されるので本人の立場が厳しいものになります
目が覚めると一面が真っ白な世界だった。 「なんだここは?俺は何でこんなところに?」 明らかに普通の場所ではない。スモークなどを焚いているのだとしても広すぎる。 目覚める前のことを思い出そうとするが記憶が朧気で思い出せない。 自分の名前、沢渡観世(さわたりあきつぐ)、25歳、職業:商人。 大丈夫。自分のことは覚えている昔の記憶も思い出せる。 分からないのは直近の記憶だけのようだ。「そこの人間」そんな風に自問自答しているとどこからか声が聞こえた。「誰だ?」 「こっちだ」声を頼りに後ろに振り返った途端、そのまま尻もちをついた。 そこには巨大な観音菩薩の仏像が浮いていたのだ。「か、観音菩薩?なんでこんなところに?というかさっきまでなかったよな?どうなってるんだいったい・・・」 「お前を呼んだのは私だ」 「し、しゃべった!?」再度、驚きの声が出る。確かに声は目の前の像から聞こえている。 誰かが揶揄っているのかと周囲を回ってみたが誰も居ない。「納得したか。では、本題に入ろう」 「本題?」 「そうだ。いきなりでは信じられないだろうがお前は死んだ」 「は?俺が死んだって、何の冗談だ?」 「冗談ではない。お前は旅の途中、暴走してきた車に撥ねられて即死だった」車に?そう言われて記憶に引っかかるものがあった。突如坂を乗り越えてこちらに迫ってくる車の映像がフラッシュバックする。「ぐっ!今のは、、まさかあれが死ぬ間際の?」 「思い出したか。では、お前には二つの選択肢がある」 「待て待て、自分が死んだってことすらまだ信じられないのに。突然選択肢とか言われても・・・」 「そうだろうな。好きなだけ悩んで構わない。選択肢は天国へ行くか異世界へ行くかだ」 「異世界?いや、天国はまだ分かる。死んだら行くって言われてるからな。異世界ってなんだ?」唐突に聞こえた不自然な単語に思わず疑問が声に出た。「お前は選ばれた。輪廻の均衡を維持するための例外として。とはいえ元の世界に返すわけには行かない。だから別の世界で生きよということだ」 「輪廻の均衡ってなんだ?」 「詳しくは話せぬが、世には極稀にまだ死ぬべきでない者が早死にすることがある。そのような者達を全て死後の世界へ送ってしまうと輪廻に歪みが生じてしまう。それを防ぐため選ばれた者に生を謳歌させ均衡
「う、うぅん」目が覚めるとそこは森の中だった。中とはいっても直ぐ側に街道のようなものが見える。森の端のほうなのだろう。 神のような存在との会話はまだ覚えている。恐らく意味も分からずこの世界に降り立ってまた混乱しないようになのだろう。まずは自身の状態を確認する。確かにこの世界の基本的な知識が分かる。 次に持ち物なども確認してみる。 服装はこの世界の旅人の標準的なもののようだ。 持ち物は何やら色々入った背負い鞄を持っている。 どうやら死んだときに持っていたのと同程度の品物があるようだ。 ありがたい。これならうまく売ることさえできれば一先ず生活に困ることはないだろう。あとは、能力か。魔法は残念ながら使えない様だ。 スキルはあるな。良かった、こんな世界で魔法もスキルもなかったら生きていく自信を無くすところだった。 早速スキルの内容を確認してみる。-------------------------------- スキル:わらしべ超者Lv1 自分の持ち物と相手の持ち物を交換してもらうことができる。交換レートはスキルレベルと相手の需要と好感度により変動する。 スキル効果により金銭での取引、交換はできない。--------------------------------・・・・・・は? 信じられない気持ちで見直すが何度見ても結果は変わらない。 金銭での取引はできない?なんだそれ、商人として終わってないか? いや、確かに田舎の村では農作物と薬や消耗品などを物々交換していたこともあるが、基本は金銭での取引だった。 この世界の常識と照らし合わせてみても基本は金銭取引だ。 それになんだ交換レートは好感度により変動するって! いやまぁ、嫌いな人からは買いたくないとか好きな人には奮発するとか分からなくもないけど、これどの程度変わってくるんだ? スキルの詳細を知ろうとしても情報は出てこない。とりあえずどこかの村や町で試してみるしかないか。 何だかいきなり商人としての道に影が差した気がして気落ちするが、まずは生活基盤を何とかしないとそれ以前の問題になってしまう。 手持ちの食糧も心もとないしまずは町か村を見つけないとな。 そう考えてまずは街道に出て周りを見渡してみる。 幸いなことに視界の端の方に村のようなものが見えた。 スキルはともかく
金がない。というか金があってもたぶん払えない。 死ぬ前に持っていた向こうの通貨は宝石に変わっていた。 それに宿代の支払いは恐らく商取引に該当するだろう。(・・・どうすんだこれ?宿屋もだが食事や道具の補充などあらゆる支払いができないってことだよな?・・・物々交換?宿代や食事代の支払いを?食事はともかく宿泊は物じゃないよな。家自体を交換して貰うことはできるかもしれないが、今の持ち物じゃ流石に足りないだろう。)考えれば考えるほど今後に不安が募っていくが、現状通貨を得る方法がない以上できることを試してみるしかないか。 そう考えて食堂兼宿屋となっている建物に入る。「いらっしゃい。外のお客さんとは珍しいな」中に入ると主人と思われる男が声を掛けてくる。「あ、あぁ。食事と宿を頼みたいんですが」 「1泊20リム、食事付きなら30リムだ」 「あ~その、支払いなんだがこれでお願いできますか?」そう言いつつ、小粒の宝石を出してみる。「いや、そんな物出されてもな」 「そ、そうですか。俺は商人なんですが、さっき門番の人にこの村では薬が不足気味だと聞きました。そこで、この薬では宿代の代わりにはならないでしょうか?」そういって今度は何種類かの薬を出してみる。「いや、薬が不足気味なのは確かなんだが・・・やはり現金で払ってもらわないと困るな」先ほどの宝石よりかなり興味は引けたようだがやはり結果はダメだった。 物での支払いを拒否しているのか、スキルの影響で拒否されているのか判断が難しいが、間があったことから考えると後者の可能性の方が高そうな気がする。 仕方がないので、別の方法を試してみることにする。「分かりました。。変なことを聞いてすみません。これは詫びとして取っておいてください」そう言って主人の目線から欲していたと思われる薬を渡す。「え?いいのか?いやでも流石に悪いような・・・」 「いえいえ。当てができたらまた来ます」そう言ってそのまま宿屋を後にした。 もちろん意味もなくタダで薬を渡したわけではない。 主人に先に利益を齎すことで好感度を上げておき、相手の好意で1泊泊めて貰えないかと考えたのだ。最悪食堂の隅を借りれるだけでも外で野宿よりはマシだろう。 何だか商売の裏道や抜け道を探しているようで多少の罪悪感があるが身の安全には代えられない。 まぁ、こ
「ん?さっきの商人さんじゃないか。商売は上手く言ったかい?」泊まるだけの稼ぎがあったかと聞きたいのだろう。 生憎商売ができても金銭は手に入らないのだが。「そのことなんですが、やはり薬での支払いはできませんか?」 「あ、いやさっきは悪かったな。もちろん構わないよ。貰った薬の効き目も良かったしな。とりあえずそれで1泊分にしておくよ。追加はどうする?と言ってもこの村に長居するほど見るものもないと思うけどな」宿屋の主人はあっさりと前言を撤回した。その上先に渡した薬も代金に含めてくれるという。やはりスキルの影響があったということだろう。 何にしろこれで野宿は避けられそうだ。「そうですね。道具屋と雑貨屋は今日回ったし、次はロンデールに行ってみようかと思っているのですが」 「ロンデールか。まぁ、ここから次に向かうならそこか南のハイン村のどっちかだろうな」南にも村があるのかそっちの情報も聞いておきたいな。「とりあえず1泊で。あと良ければロンデールやハイン村のことについて教えて貰えませんか?」 「あぁ、良いぜ。ロンデールはこの辺だと大きめの町だな。近くにダンジョンの入り口があるから冒険者が結構多い。ダンジョン産のアイテムも出回るから商人ギルドもあるし商店も多いな。」ダンジョン。魔物が巣食う洞窟や遺跡のことだったか。現実味がないがやはりそういうものがあるんだな。なるべく近寄りたくないが。 商人ギルドには早めに行ってできるなら加入しておきたいな。知識によるとギルドカードは身分証にもなるようだし、横の繋がりを得られるのも重要だ。あとギルド発行の仕事を受けられたりもするんだっけ。・・・あれ?報酬って当然現金だよな?俺の場合どうなるんだろう? まぁ、そこも試してみれば分かるか。「ハイン村は大きな牧場があるのが特徴でな。ホワイトブルやフラワーシープなんかの牧畜をやってる。小さいが冒険者ギルドもあるぞ」ホワイトブルは草食で大きめの体をしている。肉は部位ごとに触感や味が異なりどれも美味しいらしい。 メスのホワイトカウの方はミルクが取れてそちらも美味しいらしい。 フラワーシープは花のように様々な色の体毛を持つ動物で貴族のドレスなどの材料として重宝されているらしい。 肉やミルクは日持ちが厳しそうだが毛糸なら取引に使えそうだな。「ハイン村には商人ギルドはないんです
夜の番はミルドさんとエリネアさんが交代で行ってくれることになった。 自分もそのくらいは手伝いたいと提案はしてみたのだが、一晩くらいなら問題ないので休んでおいてくれとやんわり断られてしまった。 まぁ、二人からすれば急に増えた人間に任せられないというのは当然かもしれない。ハロルドさんは馬車の中で休むようだ。 俺も焚火の側に厚手の敷物を敷いて寝ることにした。 ミルドさんからテントを使っても良いと言われたがさすがにそこまで甘えるわけにはいかない。幸いにも夜でも寒いというほどにはならなかったので、寝るのに支障はなかった。 次の日、物音で目が覚めるとミルドさんがテントを片付けようとしているところだった。「おはようございます」 「あぁ、起きたか。おはよう。朝食を食べたら早々に出発しよう」 「分かりました」見るとハロルドさんも起きていて朝食と思われるパンと飲み物をもってきていた。 そして各自朝食を取るとロンデールに向けて出発する。 道中時間もあったので商業ギルドのことをハロルドさんに聞いてみることにした。「そういえば、ロンデールには商業ギルドがあると聞いたのですが、ハロルドさんは所属されているんですよね?」 「えぇ、もちろん。ギルドの所属有無の差は大きいですからね。年会費は必要ですが、ギルド所属であれば入国、入町税の軽減やギルドで扱っている商品の融通など色々な恩恵がありますからね。まぁ、私の場合は他国まで仕入れに行くことはあまりありませんが」 「実は俺はまだ所属していないのですが、所属する際にはどのような手続きが必要なのでしょうか?」 「そうだったんですか。なに、難しいことはありませんよ。登録情報の記載と登録金を支払うだけです。年会費についても各町にあるギルドであればどこでも支払いが可能ですし」ふむ。思ったより手続きは簡単なようだ。だが、まったく審査がないのは大丈夫なのだろうか?「なるほど。ですが、それだと恩恵目当てに商人以外の人が登録したりもするんじゃないですか?」 「そうですね。ですので、年会費を払う際に実績の確認があるんです。商人ギルドからの依頼やギルドを介した取引など一定の実績がなかった場合は権利を剝奪されて、何らかの理由がないと再登録はできなくなります。 またそういう情報は他のギルドにも連携されるので本人の立場が厳しいものになります
村の入り口に着くとエリネアさんが一人で待っていた。(う~ん。口数も少ないし3人の中で一番話し掛け辛いんだよな。)とはいえ無視するわけにもいかない。 「お待たせしてすみません。他のお二人は?」 「・・・いえ、二人はまだ支度中です。もうそろそろ来ると思います」 「そうでしたか。そういえばミルドさんとエリネアさんはチームで活動されてるんですか?」 「・・・えぇ」一応答えてはくれるが、目はそらされているし避けられている気がする。呼び方などからそうかなと思ったが、やはり二人はチームで活動しているようだ。 そして会話が途切れる。(エリネアさんも話し掛けられたくないみたいだしおとなしく待つか)少しするとハロルドさんとミルドさんが戻ってきた。「いや~すみません。ついいつもの調子で話していたら遅くなってしまいました」 「いえいえ、お気になさらず」そうして、4人でロンデールに向けて出発したのだった。 出発してしばらくは平和そのもので特に何かに出会うこともなく順調に進んでいた。「リブネントに来るときもこの街道を通られたんですよね?危険な動物に遭遇したりはしましたか?」 「いえ、この辺では滅多に会うことはありませんよ。森の奥に行けば話は別でしょうが、街道にでて何かすれば狩られることは向こうも理解しているんでしょうね」 「そうですか。安心しました」 「ははっ。仮に出てきてもミルドさんとエリネアさんなら問題なく対処してくれます。お二人とも優秀な冒険者ですから」 「あまり煽てないでくれ。俺たちはまだCランクだ。」 「いえいえ、その歳でCランクは十分優秀ですよ。本来ならこんな危険の少ない街道の護衛を依頼するべきではないのでしょうが・・・」 「前にも言ったが気にしないでくれ。あなたは命の恩人だ。護衛料も十分な額を貰えているし問題はない」 「と、こんな感じでしてね。私としても信頼のおける人間に護衛して貰いたいというのもあってついつい甘えてしまっているんですよ」なるほど。これまでのやり取りでこの3人には何か連帯感の様なものを感じていたが、そういう理由があったのか。 ミルドさんが言ったCランクというのは冒険者ギルドのランクのことだろう。A~FランクまでありAが一番高いらしい。Cランクということは中堅の上の方くらいになるのだろうか。「命の恩人ですか。ちなみ
「ん?さっきの商人さんじゃないか。商売は上手く言ったかい?」泊まるだけの稼ぎがあったかと聞きたいのだろう。 生憎商売ができても金銭は手に入らないのだが。「そのことなんですが、やはり薬での支払いはできませんか?」 「あ、いやさっきは悪かったな。もちろん構わないよ。貰った薬の効き目も良かったしな。とりあえずそれで1泊分にしておくよ。追加はどうする?と言ってもこの村に長居するほど見るものもないと思うけどな」宿屋の主人はあっさりと前言を撤回した。その上先に渡した薬も代金に含めてくれるという。やはりスキルの影響があったということだろう。 何にしろこれで野宿は避けられそうだ。「そうですね。道具屋と雑貨屋は今日回ったし、次はロンデールに行ってみようかと思っているのですが」 「ロンデールか。まぁ、ここから次に向かうならそこか南のハイン村のどっちかだろうな」南にも村があるのかそっちの情報も聞いておきたいな。「とりあえず1泊で。あと良ければロンデールやハイン村のことについて教えて貰えませんか?」 「あぁ、良いぜ。ロンデールはこの辺だと大きめの町だな。近くにダンジョンの入り口があるから冒険者が結構多い。ダンジョン産のアイテムも出回るから商人ギルドもあるし商店も多いな。」ダンジョン。魔物が巣食う洞窟や遺跡のことだったか。現実味がないがやはりそういうものがあるんだな。なるべく近寄りたくないが。 商人ギルドには早めに行ってできるなら加入しておきたいな。知識によるとギルドカードは身分証にもなるようだし、横の繋がりを得られるのも重要だ。あとギルド発行の仕事を受けられたりもするんだっけ。・・・あれ?報酬って当然現金だよな?俺の場合どうなるんだろう? まぁ、そこも試してみれば分かるか。「ハイン村は大きな牧場があるのが特徴でな。ホワイトブルやフラワーシープなんかの牧畜をやってる。小さいが冒険者ギルドもあるぞ」ホワイトブルは草食で大きめの体をしている。肉は部位ごとに触感や味が異なりどれも美味しいらしい。 メスのホワイトカウの方はミルクが取れてそちらも美味しいらしい。 フラワーシープは花のように様々な色の体毛を持つ動物で貴族のドレスなどの材料として重宝されているらしい。 肉やミルクは日持ちが厳しそうだが毛糸なら取引に使えそうだな。「ハイン村には商人ギルドはないんです
金がない。というか金があってもたぶん払えない。 死ぬ前に持っていた向こうの通貨は宝石に変わっていた。 それに宿代の支払いは恐らく商取引に該当するだろう。(・・・どうすんだこれ?宿屋もだが食事や道具の補充などあらゆる支払いができないってことだよな?・・・物々交換?宿代や食事代の支払いを?食事はともかく宿泊は物じゃないよな。家自体を交換して貰うことはできるかもしれないが、今の持ち物じゃ流石に足りないだろう。)考えれば考えるほど今後に不安が募っていくが、現状通貨を得る方法がない以上できることを試してみるしかないか。 そう考えて食堂兼宿屋となっている建物に入る。「いらっしゃい。外のお客さんとは珍しいな」中に入ると主人と思われる男が声を掛けてくる。「あ、あぁ。食事と宿を頼みたいんですが」 「1泊20リム、食事付きなら30リムだ」 「あ~その、支払いなんだがこれでお願いできますか?」そう言いつつ、小粒の宝石を出してみる。「いや、そんな物出されてもな」 「そ、そうですか。俺は商人なんですが、さっき門番の人にこの村では薬が不足気味だと聞きました。そこで、この薬では宿代の代わりにはならないでしょうか?」そういって今度は何種類かの薬を出してみる。「いや、薬が不足気味なのは確かなんだが・・・やはり現金で払ってもらわないと困るな」先ほどの宝石よりかなり興味は引けたようだがやはり結果はダメだった。 物での支払いを拒否しているのか、スキルの影響で拒否されているのか判断が難しいが、間があったことから考えると後者の可能性の方が高そうな気がする。 仕方がないので、別の方法を試してみることにする。「分かりました。。変なことを聞いてすみません。これは詫びとして取っておいてください」そう言って主人の目線から欲していたと思われる薬を渡す。「え?いいのか?いやでも流石に悪いような・・・」 「いえいえ。当てができたらまた来ます」そう言ってそのまま宿屋を後にした。 もちろん意味もなくタダで薬を渡したわけではない。 主人に先に利益を齎すことで好感度を上げておき、相手の好意で1泊泊めて貰えないかと考えたのだ。最悪食堂の隅を借りれるだけでも外で野宿よりはマシだろう。 何だか商売の裏道や抜け道を探しているようで多少の罪悪感があるが身の安全には代えられない。 まぁ、こ
「う、うぅん」目が覚めるとそこは森の中だった。中とはいっても直ぐ側に街道のようなものが見える。森の端のほうなのだろう。 神のような存在との会話はまだ覚えている。恐らく意味も分からずこの世界に降り立ってまた混乱しないようになのだろう。まずは自身の状態を確認する。確かにこの世界の基本的な知識が分かる。 次に持ち物なども確認してみる。 服装はこの世界の旅人の標準的なもののようだ。 持ち物は何やら色々入った背負い鞄を持っている。 どうやら死んだときに持っていたのと同程度の品物があるようだ。 ありがたい。これならうまく売ることさえできれば一先ず生活に困ることはないだろう。あとは、能力か。魔法は残念ながら使えない様だ。 スキルはあるな。良かった、こんな世界で魔法もスキルもなかったら生きていく自信を無くすところだった。 早速スキルの内容を確認してみる。-------------------------------- スキル:わらしべ超者Lv1 自分の持ち物と相手の持ち物を交換してもらうことができる。交換レートはスキルレベルと相手の需要と好感度により変動する。 スキル効果により金銭での取引、交換はできない。--------------------------------・・・・・・は? 信じられない気持ちで見直すが何度見ても結果は変わらない。 金銭での取引はできない?なんだそれ、商人として終わってないか? いや、確かに田舎の村では農作物と薬や消耗品などを物々交換していたこともあるが、基本は金銭での取引だった。 この世界の常識と照らし合わせてみても基本は金銭取引だ。 それになんだ交換レートは好感度により変動するって! いやまぁ、嫌いな人からは買いたくないとか好きな人には奮発するとか分からなくもないけど、これどの程度変わってくるんだ? スキルの詳細を知ろうとしても情報は出てこない。とりあえずどこかの村や町で試してみるしかないか。 何だかいきなり商人としての道に影が差した気がして気落ちするが、まずは生活基盤を何とかしないとそれ以前の問題になってしまう。 手持ちの食糧も心もとないしまずは町か村を見つけないとな。 そう考えてまずは街道に出て周りを見渡してみる。 幸いなことに視界の端の方に村のようなものが見えた。 スキルはともかく
目が覚めると一面が真っ白な世界だった。 「なんだここは?俺は何でこんなところに?」 明らかに普通の場所ではない。スモークなどを焚いているのだとしても広すぎる。 目覚める前のことを思い出そうとするが記憶が朧気で思い出せない。 自分の名前、沢渡観世(さわたりあきつぐ)、25歳、職業:商人。 大丈夫。自分のことは覚えている昔の記憶も思い出せる。 分からないのは直近の記憶だけのようだ。「そこの人間」そんな風に自問自答しているとどこからか声が聞こえた。「誰だ?」 「こっちだ」声を頼りに後ろに振り返った途端、そのまま尻もちをついた。 そこには巨大な観音菩薩の仏像が浮いていたのだ。「か、観音菩薩?なんでこんなところに?というかさっきまでなかったよな?どうなってるんだいったい・・・」 「お前を呼んだのは私だ」 「し、しゃべった!?」再度、驚きの声が出る。確かに声は目の前の像から聞こえている。 誰かが揶揄っているのかと周囲を回ってみたが誰も居ない。「納得したか。では、本題に入ろう」 「本題?」 「そうだ。いきなりでは信じられないだろうがお前は死んだ」 「は?俺が死んだって、何の冗談だ?」 「冗談ではない。お前は旅の途中、暴走してきた車に撥ねられて即死だった」車に?そう言われて記憶に引っかかるものがあった。突如坂を乗り越えてこちらに迫ってくる車の映像がフラッシュバックする。「ぐっ!今のは、、まさかあれが死ぬ間際の?」 「思い出したか。では、お前には二つの選択肢がある」 「待て待て、自分が死んだってことすらまだ信じられないのに。突然選択肢とか言われても・・・」 「そうだろうな。好きなだけ悩んで構わない。選択肢は天国へ行くか異世界へ行くかだ」 「異世界?いや、天国はまだ分かる。死んだら行くって言われてるからな。異世界ってなんだ?」唐突に聞こえた不自然な単語に思わず疑問が声に出た。「お前は選ばれた。輪廻の均衡を維持するための例外として。とはいえ元の世界に返すわけには行かない。だから別の世界で生きよということだ」 「輪廻の均衡ってなんだ?」 「詳しくは話せぬが、世には極稀にまだ死ぬべきでない者が早死にすることがある。そのような者達を全て死後の世界へ送ってしまうと輪廻に歪みが生じてしまう。それを防ぐため選ばれた者に生を謳歌させ均衡